田中哲弥

ところで一年以上前から積んでいた田中哲弥の大久保町シリーズをつい読み終えました。これで田中哲弥の本は全部読んだことに。そんなわけで田中哲弥作品について。

大久保町三部作

大久保町の決闘―COLLECTOR’S EDITION (ハヤカワ文庫JA)

大久保町の決闘―COLLECTOR’S EDITION (ハヤカワ文庫JA)

田中哲弥の長編デビュー作にして最もヒットしたであろう作品群。「大久保町の決闘」「大久保町は燃えているか」「さらば愛しき大久保町」の三作品は一括して大久保町三部作と呼ばれています。
三部作と言っても話につながりがあるわけではありません。共通しているのは舞台がどれも大久保町であるということ。大久保町はガンマンの街であったり、ナチスに占領されていたり、外遊中の王女が訪れたりと毎回様々に変化します。おかげでどれも一巻完結。どこから読んでも楽しめます。
ただ、一部のキャラが役柄は違えど名前、性格は共通で他の作品にも登場するという、いわゆるスターシステムを採用しており、決闘、燃えているか、さらば愛しきの順に読むとああこいつやっぱりまた出てきたなあやっぱりやると思ってたんだよ俺はという感覚が味わえます。
どの作品も主人公が何らかの事件に巻き込まれ、騒動の中で女の子と出会い、すったもんだするという、ボーイ・ミーツ・ガール要素の強い物語です。さらば愛しきはヒロインも主人公もひねくれていないので、特にそう感じられるかと思います。
さらに全ての作品、緩いです。一応、毎回主人公が生死をかけて闘わなければならない展開になるのですが、主人公も周りもどこかぬけてるキャラが多いので、生きるか死ぬかの瀬戸際でも牧歌的な印象を受けるシーンが多々あります。そこが魅力なので、そういうのを受け付けない人には厳しいかも。
個人的なベストは大久保町の決闘。シリアスとギャグのめりはりが良いですし、キャラクターが基本的にカッコイイので全編通して楽しめます。あとヒロインが可愛い。

やみなべの陰謀

やみなべの陰謀 (ハヤカワ文庫JA)

やみなべの陰謀 (ハヤカワ文庫JA)

まったく毛色の異なる五編が時空を超えて絡み合う、とかそんな売り文句。
いわゆる連作短編です。それぞれの短編にばらまかれた情報が最後にぴたりぴたりと結構細かいところまで当てはまり、そうかなるほどと読者をうならせる時間SFの傑作ですね。ちなみに時間SFの傑作という言葉は文庫のあらすじ部分から持ってきました。
確かに連作短編ものとしてみても出来は良いのですが、それ以上に私は各短編の質の高さを推したい。
特に「マイ・ブルー・ヘブン」の素晴らしさは異常。関西圏のおおよそが大阪により支配された近未来。独裁者大阪府知事の命令により、人々は「大阪らしい行動」を強いられることに。くだらないギャグを日常生活でとばし、くだらないギャグに笑い、ゴミをそこらにぽい捨てしなければならない生活に反旗を翻そうとするレジスタンスの物語。
常に馬鹿馬鹿しいことをしていなければならないため、主人公達の行動はだいたいがアホらしいのですが、それなのにしっかりシリアスしているというところがポイント。田中哲弥お得意の馬鹿馬鹿しくも妙に切ない話です。
「秘剣神隠し」はひねくれた所のない、ストレートなお話。今日再読してみたら若干涙が。
ただし、最近の私は田中啓文でも泣けるレベルなので信用はしない方が良いかと。心が弱ってるのかしら。
ところでこの作品も大久保町が舞台のようです。なんといっても大久保町三部作に登場した寺尾が重要なキャラクターですし、西畑、河合の影もちらつき、牧村真紀も登場します。ひょっとしたら山口も不肖私山口さんかも。

ミッションスクール

ミッションスクール (ハヤカワ文庫JA)

ミッションスクール (ハヤカワ文庫JA)

帯の文句は「やみなべの陰謀から7年、今世紀初の新作、奇跡の刊行」。奇跡が起きたようです。
やみなべの陰謀以来仕事しない作家になっていた田中哲弥に奇跡が起きて刊行された本作。ライトノベルらしさというか、ラノベにありがちな要素をどこまでも増幅させて悪夢のように仕上げた5作品を収録した短編集。
大久保町以上に肩の力を抜いて読めます。が、クセの強いものが多く、また特別面白いわけでもないのであまりお勧めはできません。私は好きですが。
初心者でも楽しめる部分ははしもとしんの絵と「ステイショナリー・クエスト」のえっちゃんの可愛さ。あと、学校の名前くらいなもんかと。

猿駅・初恋

猿駅/初恋 (想像力の文学)

猿駅/初恋 (想像力の文学)

去年の3月にハヤカワ書房が設立した新レーベル、「想像力の文学」第一回配本にして最高傑作。
主人公の意識の流れをそのまま表現した文体の極北「雨」や笑いながら切ない「遠き鼻血の果て」、少年の心理描写と記憶と現在の動作との混濁具合が巧みな「初恋」等、田中哲弥入門に最適の一冊です。
ただ、異形コレクション収録作品などを持ってきているせいもあり、これも結構クセが強いです。具体的にはグロ表現が多め。なので生理的に無理という人はいるかもしれません。まあそんな人でも「猿はあけぼの」くらいは読んでいただきたい。これはライトノベル風味な田中哲弥なので。


ところで元々は電撃文庫から出ていた「大久保町」「やみなべの陰謀」はハヤカワ文庫で再版されています。よく拾ったなハヤカワ。
他には訳書として「悪魔の国からこっちに丁稚」とかあるけど別にいいよね。


禾原