愚者

どうも一般的に小説は大衆小説と純文学に大別できるとされている。
このうち純文学、とりわけ現代の純文学(諏訪哲史笙野頼子高橋源一郎など)は理解できないもの、難解であると思われがちであると思う。
同じような扱いをSFというジャンルも受けているのではないか。
SFは小難しいもの、理屈ばっかりで退屈なものと思われているのではないだろうか。
例えば僕がイーガンやチャンの作品が面白いと言ったとしよう。するとそれを聞いた人はこう尋ねる。「それってどんな作品なの?」「ジャンルは?」それに対して僕は「ああ、SFだね」と返す。直後僕は踵を返して去っていく知人の背中を見つめることになるだろう。そうでなかったとしても興味を著しく失った彼(彼女)と二三言葉を交わして終わりだろう。この際相手は「……うん」「……はい」という相槌を打つ以外には何もしないことが予想される。
何故こんなことになってしまうのか。
去りゆく彼(彼女)の肩をつかんで引き留め、問うとこんな回答が得られる。
「科学の知識あんまりない」「難しいのは苦手」「そもそも興味ない」
うーん、これは難物である。
自分で書いておいてこんなことを書くのもアホみたいだが、こんな回答が返ってくるとは思わなかった。(回答については書いていて思いついた、思い出したものを挙げただけなので)
科学の知識があまりなくてもSFは読めるのだが、難しいのは苦手であるとかそもそも興味ないと言った意見にはどう考えても太刀打ちできない。
しかしここで粘ってみよう。
SFなら読みたくないと言った彼(彼女)に著名な海外文学の名を挙げると食いつく場合がある。
これならまだ望みはある。イーガンやチャンとそれら海外文学作品との間に大きな違いは(たぶん)ないからだ。
世界や人間や社会やその他の事柄についてアプローチの仕方が若干異なるが、小説という媒体を用いてそれをなしている点ではまったく変わりない。
それらとSFとでは参照している知識が違うだけだ。
科学的な知識が大量に物語中にぶちこまれていればそれはSFであり、世界や神話や社会に関する用語で満ち満ちていればそれは幻想文学なりなんなりSFとは別のジャンルに分類される(少なくとも一般的(?)に)。
例を挙げるとすればアシモフやディックはSF作家かもしれないがボルヘスは、安部公房は、ピンチョンは、パワーズはどうかというとこれはSFとは断言しないのではないだろうか。場合によっては幻想文学にも分類されるし、まちまちだろう。
この辺は京都大学SF研究会がSF・幻想文学研究会と改称していることとかと絡めて考えると面白いかもしれない。*1


何を主張したいのか混乱してきたので一行あけます。ちょっと落ち着こう。
要は小説につけられたジャンルに対する先入観でそれを読まないなんて馬鹿げているということ。
上の例では解決できていないために説得力がないけれど、小説に後から付けられた(無論ジャンルを意識している作家もいるが)タグを参考にして読む前から「これは読まない」と判断するのはとても残念なことだ。
このタグには人気とかもついていて人気のある作家しか読まないというのはどうもなあ、という気分にさせられる。余談だが大学読書人大賞*2ってなんなんだろうね。

また話がずれた。つまりは多様性を持って欲しいということ。
決して勘違いしないで欲しいのが多様性を持て=SFを読め*3ではないことだ。
世界文学だって古典だって幻想文学だって読もうと、あるいは興味を抱いて欲しいと思う。
特に創作をする人はできる限り多くのものを吸収しておくべき*4だと思うので、是非とも興味がないなんて悲しいことは言わないでもらいたい。*5
もっとも、多くのものを読め、世界を広げろと言われたところで漠然としすぎていて何をすべきかわからないだろう。
やはり何らかの指標は必要なのだ。世界を広げる手助けをしてくれるツールが。
4月に刷る「幻想研の百冊」がそんなツールになったら良いと思う。
古株にとっても、新入生にとっても刺激的な内容になることを、僕は望む。

*1:もっとも僕は名前の変わった経緯についてまったく知らないので怒られるかもしれない。うちの大学のSF・ミステリ研みたいな感じなんだったら殺されても文句は言えない。

*2:「大学生に読んで欲しい本」が投票によって決まる。隠れた名作を……とか公式には書いてあるが、売れてる本ランキングになっているのが現状である。森見とか春樹とか有川とか伊坂とか、どう見ても平積みされています。本当にありがとうございました。

*3:と言いながらSFを薦める。個人的には円城塔作品が一押しだが、ここでは金子邦彦の「カオスの紡ぐ夢の中で」を。昨今やたら連発されているSFアンソロジーを読むよりは長期的に見て確実に有意義

*4:これまた余談だがここ二年ほどうちのサークルで真に創作的な活動を僕は目にしていない、そんな気がする。

*5:そう言いながら自分自身がハイ・ファンはちょっと……メフィスト賞系はどうも……というダブスタっぷり。ぶん殴ってくれる存在を求む。